午後11:00
航は石松さんとフロントに立っていた
ビートルズ好きの69歳。見た目によらず英語堪能、ダブルワークの石松さんである。
この時間、パラパラとだがチェックインの客がフロントを訪れていた。
今夜の体制は、陽と石松さん、そして研修生の航である。
航がここで仕事を始め、すでに10日が過ぎていたが、2人と勤務するのはいずれも2度目だった。
客足が途絶えた。ほぼ予定のチェックイン作業を終え、静かになったロビーにはインストゥルメンタルの曲が流れていた。
航は石松さんに話しかけた。
「僕、石松さんにCDを持ってきたんですよ」
石松さんに断りを入れ、一度フロントバックに下がると、航は今朝バッグに入れたCDを取り出しフロントに戻った。
「石松さん、これです」
「なんです、これは?」
航は説明を始めた
「これ、映画のサウンドトラックなんです。もう15年くらい前のものだと思います」
航は続けた
「色々なアーティストがビートルズの曲をカバーしてるんですよ」
石松さんの目の色が変わった
「へー!!早速聴きましょう!!」
石松さんはCDを持ってフロントバックに行くと、小さなCDプレイヤーを操作しCDを交換した。
ロビーには「Two of us」という曲のイントロが流れ始めた。航にはホテルの格式が少しだけ上がったように感じられた。
石松さんはすぐフロントに戻ると耳を澄ませ
「ちょっと小さいですね」
と言い、フロントバックに戻り音量を上げた。
誰もいないホテルのロビーにはかなり大きめな音で「Black bird」が流れていた。
「ああ、いいですね!」
石松さんな曲に合わせて鼻歌を歌い始めた。
航は苦笑いしつつも、そんな石松さんの姿を見て嬉しくなった。