「朴さん、戻りませんね。
電話してみましょう」
石松さんはそう言うと受話器をとった。その時だった。
「すみませーん」
朴さんが仮眠から戻ってきた。20分ほど時間をオーバーしていた。
「氷川さん、すみません。休んでください」
「いえ、いえ。では石松さん、お先に休ませていただきますね」
「どうぞどうぞ。ひとまずお疲れ様でした」
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航は顔を洗い歯を磨くと、スマホのアラームをセットしてすぐにベットに潜り込んだ。
短い時間だが休むことも仕事のうちだ。航は眠ることに集中しようとした。
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スマホのアラームが鳴り、航はパッと目を覚ました。短時間の仮眠だが、頭はスッキリしていた。すぐに準備を整えフロントバックに戻った。
ガチャ
フロントバックに石松さんの姿はなく、朴さんが1人で椅子に座っていた。
朴さんは腕を組み、首をもたげ目を閉じていた。静かな寝息が聞こえる。航は音を出さないように注意した。
ピンポーン
フロントでチャイムが鳴った。朴さんはパッと目を開け首を上げたが、それより早く航が席を立ちフロントへ向かった。
「ありがとうございました。いってらっしゃいませ」
まだ外は暗かった。チェックアウトした客を送り出すと、航はフロントバックに戻った。
「氷川さん、すみません」
「いえ、朴さん、おつかれですね」
「はい、昼間は就活してて寝不足なんです。
実は、もう会社には辞めること伝えてあります」
「あ、前に浅間さんとそんなお話してましたね?」
「あ、ご存知でしたか」
「どうですか?就活は?」
「がんばってます。とにかく、がんばってます。
私、韓国人ですから。仕事を辞めてから新しい仕事を見つけるってわけにはいかないんです。空白期間を作るわけにいかなくて…」
「なるほど。日本人ならとりあえずバイトで繋ぐとか…そういうことも出来ますもんね。
あ、僕もバイトですけど」
「そうなんです。でもまあ…私、韓国人ですからね。それはしかたないです。ここは日本ですから。
私、この職場は好きなんです。人間関係もいいし、みんなのこと好きですよ。
でもね、このままここにいてはいけないと思ってます。私には向上心がありますから。お金も欲しいですし。
ここで甘んじていたら、将来きっと後悔すると思うんです」
航は頷いた。
「確かに…僕は自分の人生を振り返った時、楽な選択をした時ほどつまらなかったように思います。もったいないことをした…そう思います。
朴さん、がんばってください」
「氷川さん、ありがとうございます。
ということで…
もう少し寝てていいですか?」
朴さんはそう言って笑った。航も笑った。
「いいですよ」
朴さんは腕を組み目を閉じると、また静かに眠りはじめた。