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【新古事記140】チリ人妻を持つ男

(西口さん、元気にしているだろうか?)


航の脳裏に一人の男性が浮かび上がってきた。


航は20代前半の頃、ホテルの警備の仕事をしていた。夜勤があり、拘束時間も長く、生活のリズムはめちゃくちゃだった。


けれど、同年代の若い同僚が多く、今思うと楽しい日々だったように思う。若かったからだろう、夜勤明けで平気で海に遊びにいったりもしていた。


その現場の責任者が西口さんだった。年齢は今の航と同じくらいで40代半ばだったはずだ。


西口さんは国際結婚をしており、相手の女性はチリ人で、妻と愛娘を置いて一人で日本に帰ってきていた。


チリでバーを開業したがうまくいかず借金を抱えている…なんて噂も耳にした。


西口さんは気さくな人で、若いスタッフとも壁を作ることなくコミュニケーションを取るタイプだった。


航も20歳も離れているのに平気で冗談を言ったりした。今思うと少し失礼だったかもしれない。


ただ、西口さんはとにかく酒癖が悪かった。


土気色の顔をし、目を充血させ、手を震えさせながらフラフラになって出勤するのは日常茶飯事だった。


若かった航は出勤と同時に休憩室のソファに倒れている西口さんをよく責めた。


そんな時、彼は言った。


「日本は酒に寛大な社会なんだよ」


航はそんな無責任な言葉に腹を立てたが、やがて酔いが覚めると二人の関係は修復し、気持ちよく仕事をする関係に戻るのだった。


若いスタッフたちはそんな西口さんを見て陰では「酒口さん」などとからかってはいたが、その言葉には親しみが込められているように思えた。


航は入社して3年目に入った25歳の春過ぎに、異動になり現場から内勤になった。それに伴い勤務先も変わり、それ以来西口さんに会うことはなかった。