「あ、氷川さん、連絡先を交換してもらえませんか?」
「もちろんです」
航は手早くSNSのQRコードをスマホの画面に表示し、陽に差し出した。
「これでいいですか?」
「氷川さん、なんか手慣れてますね」
連絡先を交換すると、航は伝票を手に持ち、レジに向かった。航を追いかけるように陽も席を立った。
レジには恰幅の良い50代半ばくらいの男性がいた。この店のオーナーだろうか?
「ありがとうございます。お会計、ご一緒でよろしいですか?」
男性は低音のとても良い声を発した。
「はい、一緒で」
「アイスコーヒー、おふたつで1,000円になります」
航が財布を取り出したので、陽は慌てて言った。
「氷川さん、誘ったのは僕ですから。ここは僕が…」
「まさか〜、そういうわけにはいきませんよ」
「いや、でも」
「たしかに僕の1時間分の労働がほぼすべて吹っ飛びますが」
航は笑いながら続けた。
「じゃ、今回は僕が払いますから、次からは割り勘にしましょう」
陽は航から「次」という言葉が聞けたのが嬉しかった。
「は、はい。ではご馳走になります、ありがとうございます」
コーヒー代を払いながら、航は男性に話しかけた。
「これ、ご主人がされるんですか?」
航は掲示板に貼られたA4サイズのフライヤーを指差した。
そこには…
『朗読古事記〜カミクシノカミ〜』
と書かれていた。
航はフライヤーに目を通しながら言った。
「さっき古事記のお話されていましたね。実は混ざりたくてウズウズしていました」
男性は笑いながら言った。航は答えた。
「はい。こう見えて古事記の講座なんかもやってるんですよ、細々とですが」
「へー、それは興味深い」
航と男性は楽しそうに語り出した。