1時15分
「掛川君、先に休憩に入っちゃっていいよ」
五十嵐さんはパソコンの画面から目を離さずに言った。
「大丈夫ですか?
五十嵐さん、お昼からの勤務ですよね?
僕は夕方からだから、五十嵐さんが先の方が良くないですか?」
「うん、キリのいいところまでやっちゃうからさ、先に休んで」
「…わかりました。じゃ、先に休憩入ります」
「お疲れ様です」
航が掛川さんに声をかけると、彼はぺこりと頭を下げて出て行った。
航は五十嵐さんと勤務で一緒になるのは2回目だった。彼は基本的に昼間のシフトにしか入らない。今回のように病欠が出たり、どうしても人が足りない時に夜勤に入ることがあった。
カチャカチャカチャカチャ
五十嵐さんはひたすらパソコンと向き合っていた。
「あーー、もう!」
五十嵐さんは時折、大きな声を出した。
航は気を使い、五十嵐さんに話しかけるようなことはしなかった。航は自分のやるべき業務を淡々とこなしていった。
2時05分
ひと通り業務を終えた航は静かに椅子に座っていた。航は時計を見た。遅い、時間が流れるのがとにかく遅い。そこにいるのが息苦しいくらいだった。
「氷川さん」
突然、五十嵐さんが声をかけてきた。
「は、はい?」
「業務が終わったら休みに入っちゃっていいですよ」
五十嵐さんは目をこすりながら言った。たしか航と同い年のはずだっだが、目が窪み、肌は乾燥し年齢以上に老けて見えた。
「五十嵐さん、大変そうですね」
航は思わずそう言っていた。
「ははは。
ヨネさんのことは予想外でしたが…
でも、帰れなくなったおかげで仕事が捗りますよ」
五十嵐さんは自嘲気味に笑った。そしてそれがスイッチになったのか堰を切ったように話し始めた。
「答えのわかる仕事なら、例え大変でもそれほど苦にはならないんですけどね。
相談できる相手もいないし、正直、参っています。
三木部長は、私に東大を受験しろと言ってるようなもんですよ。
三木部長のような切れ者がなんでこの組織にいるのか…私にはわかりませんよ。
ああ見えて、氷川さんと大して年齢変わらないんですよ」
その言葉は少し嫌味がかっていた。しかし、航は五十嵐さんが抱えているプレッシャーを察した。そして、アルバイトの自分は気楽なものだなと思った。
五十嵐さんは言った。
「すみません。ちょっと八つ当たりみたいになってしまいましたね。
さ、氷川さん、休憩に入っちゃってください」