22時50分
「おはようございます」
着替えを終えた航はフロントバックに入っていった。
「おはようございます。
あー、よかった。氷川さん、いつもより遅いから何かあったのかと思った」
今日の勤務はビートルズ好きの69歳、石松さんと一緒だった。
「すみません、ちょっと予定があったもので…」
「いえ、遅刻してるわけじゃないですから」
そこへ朴さんが入ってきた。
「おっはよーございまーす」
朴さんは眠そうな顔をしていた。
「おはようございます。
朴さんはいつも通りの出勤ですね」
石松さんは笑った。
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1時10分
「石松さん、氷川さん、わたし、先に休みますねー」
業務がひと段落すると、朴さんはそう言って大きなあくびをした。
「どうぞ、どうぞ」
石松さんは答えた。
フロントバックには航と石松さんが残された。石松さんはパソコンで何かを調べ始めた。
「それ?ベトナムですか?」
画面に映された写真を見て、航が石松さんに聞いた。
「いえ、これはバンコクですよ。来週、バンコクに行くんですよ。あ、ベトナムも好きですよ」
「へー、僕も友人がバンコクにいます。日本人です。ま、僕は行ったことないんですけど」
「氷川さんは海外には行ったことないんですか?」
「新婚旅行でホノルルに行きましたけど。
それ以外だと仕事で一回だけ中国に行ったことがあります。菜州…って言ったかな?
詳しく覚えていませんが、青島から車で3時間くらい走ったと思います」
「ほーーー」
石松さんはそう言うと「菜州」を検索した。
「いいですねー
私、ハワイのような作られた感じのところより、こう…ぐちゃぐちゃっとした人の息吹が感じられるような国が好きなんですよ。性に合います」
そして続けた。
「ハワイに行くくらいならミクロネシアのほうをオススメしますね」
「ミクロネシア?初めて聞きました」
航はそれを聞いて、ゲームにでも出てきそうな名前だなと思った。
石松さんは両手の人差し指を使い、たどたどしくキーボードを叩いた。