「氷川さん、古事記って…
日本史の教科書に太字で出てきたヤツですよね?
内容は知りませんが、名前だけは覚えています。
そんなに…
歴史で習うような昔話がそんなに大切なんですか?」
航は少し考えてから話し始めた。
「どこから説明するべきか…
いや、まず浅間さんが古事記にたどり着いたことを嬉しく思います。
『盲亀浮木』って聞いたことありますか?」
「もうきふぼく?」
「もともとは仏教の言葉で、その…人が仏法に出会う難しさを例えているのですが…
海底に住んでいる盲目の亀が、100年に一度だけ海面に浮上します。その時、偶然にもそこに浮いていた木の穴に首が入るという…
そのくらいありえない、そのくらい尊いという意味です」
「亀が…」
陽はその光景をイメージしておかしくなった。航もつられて笑った。
「僕にとっては浅間さんが古事記にたどり着いたのはそのくらい尊いことなんです」
そして航は続けた。
「昨夜もお話しましたが、12年くらい前…つまり僕が浅間さんの年齢の頃、僕は大いに迷走していました」
陽は言った。
「確か、高額セミナーに参加したりしていたんですよね?」
「そうです。なんとか人生を変えたいと必死でした。お金と時間をかけ、必死になって色なことを学び続けました。
自己啓発、速読、心理学、ヒーリング、ヨガ、先物取引にFX…エスカレートした僕は、催眠術や幽体離脱も習いに行きました」
陽はびっくりした。
「え?催眠術?
そんなこと出来るんですか?」
「催眠術はけっこう簡単ですよ。
信頼関係があれば誰でもかかります。
それに…世の中は洗脳だらけですからね。
あ、僕がやりたかったのは人をコントロールすることではなく、自己催眠です。自分の中のプログラムを書き換えてしまえば幸せになれるかもしれない、と考えたのです。
ちなみに、僕は幽体離脱は出来ませんでした」
航は笑った。陽は非現実な言葉がたくさん出てきたので面食らった。航は続けた。
「やがて僕はスピリチュアルに傾倒するようになりました。自己啓発→スピリチュアルに流れるパターンって意外に多いみたいですよ」
「スピリチュアル…
さっきの盲亀浮木の仏法って言葉もですが、ちょっと宗教っぽくて怖いです」
「宗教って本来は怖いものではないんですけどね。多くの人は宗教って聞くと脊髄反応的に警戒しますよね。
宗教は、英語にするとreligion 。語源は「畏れ多いという気持ちを抱くこと」です。
昔から日本人はこういうことをしっかりやってきました。
私たちのご先祖は、毎日、神棚や仏壇に手を合わせてきました。そういう意味で日本人くらい信仰心の強い民族はいないかもしれません」