「僕の思う『悟り』の解釈ですけど、それってこの世界と繋がっているという感覚を味わうことだ思うんですよ。
自分はこの世界の一員なんだという確信というのかな…その確信は生きていく上で圧倒的な力になります。ちょっとやそっとのことではへこたれない力になります。
さっき『科学は分ける学問』と言いましたが、僕にこの世界との深い繋がりを教えてくれたのが古事記だったんです。
あ、古事記って日本の神話ですよ、念のため」
それを聞いた陽は呟いた。
「科学の知に対する神話の知…」
「そうです。分離に対し、繋がりを与えてくれるのが古事記です」
「古事記が繋がりを教えてくれる。
悟りを繋がりというならば、古事記が悟りを与えてくれるということですか?」
「うーん、例えば瞑想などによって得られるいわゆる悟り体験がどういうものか僕にはわかりませんが…
古事記はすべての日本人にもれなく、繋がり…そうだな、『根っこ』を与えてくれるものだと思います」
「根っこですか?」
「はい、古事記を知らずに育った僕らは、根っこのない花瓶の花のようなものです。
根っこがないのに綺麗な花を咲かそうと必死になっても…それは土台無理な話です」
「今、『日本人にもれなく』とおっしゃいましたが、それは僕にも当てはまりますか?」
「はい、もちろん」
航は自信を持って答えた。
「うーん、根っこか…」
陽は目を閉じて左手で瞼をこすった。航は笑って言った。
「浅間さんも眠いでしょ。お互い夜勤明けですもんね」
「氷川さん、僕、とりあえず古事記を読んでみます」
「そうですね、実践するのが一番の近道です。何か僕にできることがあれば、なんでも聞いてください。
今日はここまでにしましょうか」
「氷川さん、ありがとうございました。
氷川さんのお話、聖にも聞かせてあげたいです」
陽は深々と頭を下げた。
「とんでもない。浅間さんから古事記の話題が出るなんて…嬉しいです。ありがとうございます」