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【新古事記082】陽の過去

「ってゆーか、氷川さん、運送のお仕事もされていたんですね。


経験値、多すぎですよ」


「いや、そんなにいいもんじゃないです。


堪え性がないんでしょうね。経験が積み上がる前にやめちゃうんで。全て中途半端です。


人に誇れるような大したキャリアもないですからね。その場しのぎというか…今、雇ってもらえたところで働くだけです。給料がどうとか…贅沢は言えません。


浅間さん、僕のようにならないように気をつけてください」


航は笑って言った。


「実は僕…最初の就職で失敗してるんですよ」


「え?」


「もう10年も前の出来事ですが…

 

あれを思い出すと、

 

今でも胸がドキドキします」


航は真顔になって言った。


「浅間さん、無理しなくていいんですよ」


「いえ、ぜひ聞いていただきたいんです」


陽は1つ深呼吸をした。


「僕、ずっとサッカーが好きで。

 

と言っても、昔からスポーツはどちらかというと苦手だし、見る専門なんですけど。


で、運良くですね、新卒でサッカーショップに就職できたんですよ。あの時は嬉しかったですね」


そのサッカーショップの名前は航も知っていた。


「僕、大学生のころから今のホテルでアルバイトしていたんです。


みんな就職を喜んでくれて。五十嵐さんなんてその頃から知ってますよ。


で、3月も残りわずかとなり、いよいよ社会人というタイミングで…」


航は一息ついて続けた。


「千葉の支社に配属が決まったんです。


焦りましたよ。だって、2〜3日前に急に言われたんですから。それでも千葉ですからね、まだ助かりました。


両親に手伝ってもらって、住むところ探したり。しばらくはホテル住まいをしてましたね。


それでもなんとか新生活がスタートして。はじめての一人暮らしだったんですけど、最初は大人になった気もしたし、なんだかワクワクしていました。


一応、僕は営業職として入社したんですけど、最初の何ヶ月かは店舗で働くんです。販売とか発注とか…そういう仕事です。


で、それ以外にも月に一回くらいのペースでサッカー教室のイベントなんかがあって。


プロ選手を呼んで子供たちと交流する場を設けたりするんです。


僕、子供好きなんで…サッカー教室もすごく楽しかったんです」

 

陽はマグカップを手に取り、アイスコーヒーを一口飲んだ。つられるように航もマグカップを手に取った。