「え?お礼を言った理由ですか???」
陽は首を傾げて考えた。そして、しばらくしてから言った。
「たぶん…
母親の影響ですね。実家の最寄りのバス停がその路線の終着駅だったんですよ。
で、最後に降りる時、母が『お世話になりました』と運転手さんに頭を下げていました。
その体験を…なんとなく真似してるのかもしれません」
それを聞いた航は言った。
「素敵なお母様ですね」
そういうと航はさらに続けた。
「僕は、『お金を払う方が偉い』ってそんな風にずっと思っていました。けっこう最近までそんな風に思ってきました。本当に恥ずかしいです。
でも、そんなこと絶対ないんですよね。
例えばこのアイスコーヒー。どこか海外の国で豆を育てて…ちょっと詳しい工程は知りませんけど、コーヒー豆になって。船に載せられ海を渡り…
それを1人でやろうなんて思ったら…これを500円で飲めるって…奇跡ですよね。
まぁこのお店の500円って設定も安すぎると思いますけど」
陽は言った。
「いや、そこまで考えていなかったです。
確かにこの一杯のコーヒーに、たくさんの人が関わっているんですね。
なんだかとてもありがたく思えてきました。氷川さんは思慮深いですね」
「いやいや、全然そんなことないんです。むしろ気づくのが遅すぎたくらいです。
僕、運送の仕事を3年くらいやっていたことがあるんです。
現場を体験して初めて気づいたんです。今、通販があって便利で助かりますけど…スマホでポチっとしてすぐに届く…こんな魔法のような世界を支えているのは紛れもなく現場で働いている人たちです」
陽は何度も頷いて言った。
「ほんとですね。僕もこれからはそういう視点をもっと大切にします」
「すみません、浅間さん。いきなり僕のほうから質問してしまって。
さあ、本題?に入りましょうか」
ボーン
壁の時計が一度だけ鳴った。