航とオーナーは陽の目の前で名刺交換をしていた。
「あの〜…」
陽は2人のやりとりに割って入った。
「?」
「ぼ、僕にも名刺くれませんか?」
航は笑った。
「もちろんです」
航は一枚の名刺を取り出すと、両手でもち丁寧に陽に渡した。航に渡された名刺には『古事記スクール』と書かれていた。
(ス、スクール?
氷川さん、学校やってんのか?)
その時、マスターが話しかけてきた。
「よかったら僕の名刺もどうぞ」
そう語りかけるオーナー声は魅力的だった。
「あ、ありがとうございます」
陽は慌てて受け取った。
名刺には
『ワカン・タンカ村村長 空中天真(そらなかてんま)』
と書かれていた。
(そ、村長!!この人、村長なのか?)
陽は無意識のうちに声のトーンをあげて言った。
「氷川さん、学校経営してるんですか?
そ、空中さん?村長なんですか?
ワカン・タンカ村って、どこの国ですか?空中さん、日本人じゃないんですか?」
陽は空中さんの顔をマジマジと見た。改めて見ると彫りの深い顔をしている気がする。日本人ではないのかもしれない。
空中さんは笑って言った。
「さっきも言いましたけど、米子出身の日本人ですよ」
航はニコニコしながら言った。
「あー、浅間さんは良い人だな。
僕にもそういう時期がありました。肩書きにビビっちゃうんですよね?
でも、あんまり肩書きとか気にしない方がいいです。
古事記スクールっていうのは実際に学校があるわけでなく、いわゆる屋号ってヤツです。
空中さんもそうですよね?」
「ええ。でもちゃんと理念を持ってやってますよ」
「それは僕もです」
陽は早とちりをしたことに気づき顔が熱くなるのを感じた。
「屋号…ですか?
でもお二人とも…その、僕はよくわからないけどフリーランスってヤツですよね?
自分のビジネスを持ってるなんてすごいです」
航は言った。
「凄くないです。
フリーランスって言ってる人の大半はフリーターですよ」
航と空中さんは声を合わせて笑った。
「だって本当にうまく言ってたら、僕だってフロントの夜勤をやってる暇なんかないでしょ?
昨日も言いましたけど…よく知らない人のことなんかすぐに信じちゃダメですよ、肩書きもね」