08時30分
陽と聖は新宿で黄色い電車に乗り換えた。陽は久しぶりの満員電車に辟易としていた。
すでに自宅を出てから1時間以上が経過していた。そこからさらに10分程度電車に揺られ、二人は目的の駅で降りた。
「うえー、疲れた…」
満員電車にぐったりする陽とは対照的に聖の声は明るかった。
「懐かしいね。ヨウ、覚えてる?」
3年前、二人は一度だけこの街に来たことがあった。その昔、街おこしの一環として始められ、今ではこの街の代名詞になっている阿波踊りを見に来たのだ。
「もちろん覚えてるよ。あの時に飲んだビール、うまかったよなー。ビールマイスターのお店でさー」
しかし、陽は今日のデートは気持ちが乗らなかった。
(聖と休みが合うこと自体が少ないのに、よりによって神社参りだなんて…)
世間で神社仏閣巡りがブームになっていることは何となく知っていた。しかし、陽にとって神社やお寺はお年寄りの行く場所でしかなかった。
(とっとと終わらせてショッピングモールでも行きたいな…)
聖はスマホの地図アプリで目的の神社の場所を調べた。
「ヨウ、こっちだよ」
聖は手のひらを上下に動かし、陽を呼んだ。陽は歩き出す聖の背中を追ってしぶしぶ歩き出した。
聖は昨日届いたTAKUYAさんの本に出てきた神社に無性に行ってみたくなったらしい。
もっとも、聖が神社に行きたいと言い出したのは今回が初めてではなかった。名古屋に引っ越してしまった親友の奈帆ちゃんがいる頃は、時々2人で神社巡りをしていた。陽も誘われることはあったが、なんだかんだと理由をつけて避けることが多かった。
駅から15分くらい歩いただろうか?
住宅地を抜けると木々が見えてきた。こんもりとしたその杜の入り口に赤い鳥居が立っていた。
鳥居の中央上部には「龍橋神社」と書かれていた。
「あ、あれだわ」
聖は陽の腕を引っ張った。そして、鳥居の前で深々と一礼をすると、すぐに右手で陽の背中を押し一礼するよう促した。陽はぎこちなく頭を下げた。
「うわー」
鳥居をくぐると聖は感嘆の声をあげた。
「ここ、空気が澄みきっているね」
陽はそれに対して何も答えなかったが、心の中ではこう思っていた。
(確かに。なんと言うか清々しい感じがする…そんな気がしないでもない)