15時00分
航は寝るのを諦めた。
今夜も夜勤がある。航は夜に備え身体を休めておきたかったが、今日は気持ちがそわそわしてしまい、寝ていられなかった。
18時から、10年来の友人の出版トークライブが名古屋で予定されていた。航は仕事が控えていたし、名古屋まではとても足を運ぶことは出来なかったが、感慨深いものがあった。
「10年…いや、もう12年か」
夢を叶えどんどん活躍の場を広げていく彼の姿が眩しかった。そして、遠くへ行ってしまうようで寂しくもあった。でも、こんな日が来ることを、彼の素晴らしい人生を、航は心の奥でずっと願っていたし、信じていた。
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22時50分
「おはようございます。
あら、氷川さん、お久しぶり。まだ辞めてなかったんだ」
そう笑いながら姿を現したのは、朴さんだった。彼女は10日間ほど韓国へ帰っていた。
「お久しぶりです。またよろしくお願いします」
航は言った。
「相変わらず真面目ですねー
仕事は慣れましたか?
これ、みなさんへお土産です」
そう言ってバッグから取り出して机に置いたのは、韓国海苔だった。
00時10分
航は一人でレジを占める作業をしていた。現金を数え、パソコンの画面と照合し、今日一日の売り上げを伝票に記入した。航は昔から数字が得意ではなかった。間違いのないよう何度も繰り返し現金の枚数を確認した。他の人の何倍も時間がかかる。
その間、陽と朴さんはフロントバックにいた。その会話が航の耳にも入ってきた。
「朴ちゃん、転職活動はどう?」
「うーん、思わしくない。私、この職場好きだし。辞めるのやめようかと…ちょっと思ってる」
朴さんは会社に退職する意思がある旨を伝えて、転職活動をおこなっていた。
「オレ、この間、三木部長と面談をお願いしたんだけどさ。ドタキャンになっちゃって…」
「三木部長と!!?私はそんなのしたくないなー。でも、今のままの給料じゃ聖と結婚できないもんねー」
朴さんは冷やかすように言った。
「だって手取り18万円とかだぜ?10年間据え置きだし、ボーナスもないし…」
航はそれを聞きながら、12年前の自分と陽の姿を重ねた。
二人の会話はエスカレートしていた。
「世代間の給与格差がありすぎだよな」
「ヨネさんはいいよねー、勝ち組か、逃げ切り組か」
「朴ちゃん、それ言っちゃダメ」
「はーい、冗談冗談」
航は現金を黒いバッグにまとめ、金庫の中に入れた。それを見た朴さんが言った。
「氷川さん、仕事早くなったね」
「師匠のおかげですよ」
「え?師匠って、アタシ?アタシ?
ようちゃん、聞いた?
今日から師匠って呼んでね」