「恥ずかしい話ですけど…」
航は話を続けた
「電車で赤ちゃんが泣いてしまい、困ってるお母さん、いるでしょ?
僕ね、あれを見て「母親なんだからなんとかしろよ」って思ってたんですよ。あ、今は思いませんよ。
つまり、子供のこと、何もわかっていなかったし、興味もなかったんです」
陽は静かに聞いていた。
「今はね、娘だけでなく、娘の…例えば一緒に育った保育園のお友達とか…みんなかわいいです。もれなくかわいいです。彼らのためなら死んでもいいって思えます。
ちょっと誤解を招く言い方かもしれませんが、死んでもいいって思える人が増えるのは、幸せなことですよ
世界の観えかたが変わっちゃったんです。娘の…いや、娘と妻のおかげです。」
陽は話を聞きながら頭の隅で考えた。
「自分は誰のためなら死ねるだろう?」
真っ先に出てきたのは聖の顔だった。
航は続けた。
「浅間さん、さっき子供が欲しいって言ったでしょ?
それ、僕からしたらすごいことなんです。すでに自分の中の愛情が目覚めているということですから。僕とはえらい違いですよ」
陽はそう言われて、ちょっと嬉しくなった。そして聞いた。
「さっき、出産に立ち会われたと言ってましたよね?父親になりたくないのになんで立ち会ったんですか?」
航は即答した。
「完全に見栄ですね」
「ミエ???」
「はい。見栄です。
なんとなくね「出産に立ち会うのは妻思いの良い夫」っていう空気ありませんか?僕だけかな、そんな風に思うの?
あと「出産に立ち会えないチキン」って思われたくなかった。だから見栄です」
航は笑いながら言った。