航は続けた。
「浅間さん、僕が会社の社長ならあなたを真っ先に採用します。
組織って能力も大切ですが、それ以上に大切なものがあると思うんです。
あ、浅間さんの能力が低いと言ってるわけではありませんよ。
あなたがいるおかげで、この職場はみんなが気持ちよく働けているんですよ。
僕は色々な仕事をしてきたけど、こんなに良い雰囲気の職場は初めてです。その核にいるのがあなたです」
陽の気持ちは複雑だった。
「ありがとうございます。でも…
うーん、なんか抽象的というか…すっきりしません」
「もし、浅間さんに何かトラブルがあっても、みんなが助けてくれますよ。
これってパソコンが得意とか英語が喋れるとか…それ以上の力だと思いませんか?
ある意味、最強ですよ」
陽は航の賞賛の言葉を聞いていて、嬉しい反面恥ずかしくて耐えられなくなっていた。
「あ、ありがとうございます。
と、ところで…」
「はい?」
陽は少し沈黙し、必死に話題を変えようと考えた。
「そうそう…
掛川君に心理学以外の本も薦めたんですか?」
「ああ。
掛川さんにオススメの本を聞かれて…
それでアドラーと古事記を薦めたんです。さっき渡したのはアドラーの本です。
心理学は人生の早い段階で触れた方が良いと思います。
多くの人が自分が何者であるか?に目も向けることなく、なんとなく人生を送ってしまっています。心理学は自分、あるいは他人に関心を持つ良いきっかけになると思います。
でも…」
「でも?」
陽は不思議そうな顔をした。
「でも、きっと掛川さんは遠回りするでしょうね」
「遠回り???」
「あくまで僕の私見ですが、自己啓発なんてね、何も生み出しません。
もちろん有益なものもあるのでしょうが。実生活の方がよほど大切だと思いますよ」
「え?じゃあ止めてあげたほうが…」
「彼は止めても止まらないでしょう。
それに、掛川さんはまだ若いですからね。遠回りすれば良いんですよ。無駄だったということに気づくのは無駄でありませんから」
航はあっさりと言った。陽は苦笑いをした。
「無駄なことに気づくのが無駄ではない???」
「ついつい最短を行きたくなりますけど、時に遠回りが近道ということもあると思いますよ」