「僕の妻は、一度流産しているんです」
航の一言に陽はなんと答えて良いかわからなかった。
「そ、それはお気の毒でし…」
航は陽の言葉をすぐに遮った。
「そうじゃないんです。
僕ね、そりゃ悲しむ妻を見て辛かったですよ。
でも、心のどこかでホッとしちゃったんです」
「え!?」
陽は航の意外な言葉に驚いた。
「まだ父親にならなくて済むって、そう思っちゃったんです。ひどい話でしょう。
自分でもショックでしたよ。オレ、どんだけ冷酷なんだろうって」
陽は黙って聞いていた。
「で、今の娘が生まれた時…
あ、僕、出産に立ち会ったんですけど…
生まれてね、抱っこするじゃないですか
全然、かわいいと思わなかったんですよ」
陽はもう一度驚いて言った。
「え?普通、違いますよね?」
「そう思うでしょ。
でも、僕には恐怖しかなかった。
自分なんかが父親になれるんだろうかって。
だって、自分の娘ですよ。絶対に放り出せないじゃないですか?」
陽はそれを聞いて「子供が欲しい」なんて軽々しく言ってはいけないのかもしれないと思った。そして、なんとか言葉を見つけて言った。
「でも、さっき…
娘さんのこと、かわいいとおっしゃいましたよね?」
航はニコリとして言った。
「そうです、かわいいです。
生まれた頃はね、さっきも言いましたけど、全然かわいくなかった。
でもいつからでしょうね?気づかないうちに愛おしいと思うようになっていたんです。
よく『親が子供に育てられる』っていうじゃないですか?あれ、父親になる前は何を言ってんだか、ちょっと、いや全くわからなかった。
でも、今はわかりますよ。
娘はね、僕の中にもちゃんと愛情というものがあることを教えてくれました。
もしくは僕の中にあった愛情の種を育ててくれました」