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[新古事記039】感情移入

夕食を終えた航は、ソファに座りさっき届いたばかりの本の表紙を眺めていた。


意を決して本を開く。しかし、数行読んだだけですぐに本を閉じた。


(ダメだ、とてもじゃないが読めない。


どうしたって感情移入しすぎてしまう…)


「コウ、また本買ったの?」


洗い物を終えた妻が話しかけてきた。航の名前の読みは「わたる」だが、妻や親しい友人は航のことを「コウ」と呼んでいた。


「誰の本?有名な作家さん?」


航は表紙を見せながら言った。


「ほら、タクヤさんだよ


タクヤさん、ついに出版したんだ


すごいと思わない?」


妻はその本をまじまじと見て言った。


「これタクヤさんなの?


こんなに髪、黄色くしちゃって…この服は衣装なの?まるで別人だね


うーん…芸能人みたい。


普通でいいのに、普通で」


(普通でいい…か)


妻は時々、パッと真理をついたようなことを言う。とてもシンプルに。


「あれ?この帯…これもしかして…」


航がそう言いかけた時のことだった。


「おととー、これ読んで」


6歳の娘が学校で借りてきた本を手に持ち、航に寄って来た。娘が持っているのは、有名なアニメ映画を絵本にしたものだった。


航はそのタイトルを見て思った。


(「もののけ」…か。もう少し大きくなったら、この子にモノという言葉が持つ本当の意味を教えてあげられたらいいな)


航は持ってた本をバッグにしまうと、娘を持ち上げ膝に乗せた。


「あんなに小さかったのに…。大きくなったもんだ」


外は弱い雨が降っていた。そう、娘が生まれた朝も同じような雨が降っていた。航は妻子を病院に残し、一人寂しくタクシーで帰宅したことを今でも鮮明に覚えていた。


娘に絵本を読み聞かせながら、航は違うことを考えていた。


タクヤさんが衣装や髪型を派手にしてるのだってきっと意図があるはずだ。


もしかしたら、過去と決別するためなのかもしれない。リスタート。生まれ変わるためのスイッチなのかもしれない)


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娘に絵本を読み終えると航はシャワーを浴びた。


20時45分


航は妻に言った


「1時間くらい寝たら家を出るから。あと頼むね」


娘が足に絡みついて来た。


「おとと、おやすみなさい」


「おやすみ」


航は床に膝をつき、娘を抱きしめた。