「知らない人に答えを求める?」
航が続けた。
「僕もそうでしたが、周囲に目標となる大人がいなければ、外に答えを求めるのは当然でしょう。
僕は子供の頃、幸せそうな大人を見たことがなかった。
だから、社会に出た時点で人生が終わる…そう思っていました。自分を殺し、死ぬまで働き続けなくちゃいけない。それが大人だと思っていました」
陽は言った。
「僕も子供の頃からそれに近い思いは持っていました。実際、大人になってみて、そこまで酷くはないけど」
航は続けた。
「だから僕、大学に行ったんですよ。社会に出るのを遅らせたいがためにね。人生の時間稼ぎです。
結局、小論文だけで入学できる夜間の大学に行きました。とにかく簡単な道を選ぶのが僕の傾向ですね。
そして、振り返ると、本当にもったいない4年間だったと思います。
ちなみに…
僕が高校生の頃、日本はバブルが続いていました。景気が良かったから、高校を出てそのまま公務員になるのって意外と簡単だったんですね。
僕より成績の悪かった友達は、最初から進学なんて考えず、高卒で公務員になりました。
しかし、僕が大学に行っているうちにバブルは弾けました。就職の氷河期時代到来です」
航は楽しそうに話した。
「さて、数十年たった今、僕と彼らどっちが幸せでしょう?」
航は少し間を置いた。
「僕と比べたら彼らなんて、バラ色の人生ですよ。ま、それぞれ色々抱えてるとは思いますが」
陽は言った。
「氷川さんのお友達が羨ましいです。
僕も公務員になりたかったなー。いや、その時代に生まれたかったなー。
安定して給料が右肩上がりでボーナスももらえるなら、こんなに悩まないし転職なんて考えません」
「でも、考え方によっては、給料が右肩上がりではないからこそ、自分の人生を真剣に見つめる機会を得ている」
「それはそうかもしれませんが…なんというか…」
「辛いですか?」
「はい、辛いです。僕のような平凡な人間には辛いです」