「広末さん、わざわざ東京まで、ありがとうございます」
カナコと大男は頭を下げた。
「いやいや、そんなことないよ。ちょうどこっちで打ち合わせがあったから。
ところで場所は決まったの?」
「はい。ありがとうございます。
キャパは300人くらいですね」
「順調なんだね。君たちの演奏を動画で見たとき、面白いなって思ったんだよ。
正直、万人ウケするようなコンセプトじゃないけど…
音楽で古事記を表現するなんて、なかなか面白いし、志があるもの」
カナコは聞いた。
「広末さんは古事記にお詳しいんですか?」
「いや、恥ずかしい話、よく知らないんだ。
僕、54歳だけどね。この歳になってやっと『日本は何かがおかしい』って思うようになったんだ。今更、色々な本を買って勉強してる。全く読むペースが追いつかないけどね。
だから、これからは日本の良きものにフォーカスするようなことをしていきたくて。そこに日本を取り戻す鍵があるんじゃないかと思ってる。取り戻すというか、再構築かな。だから君達のような人を応援したいんだ。
僕は高度経済成長の真っ只中に生まれ、その恩恵を受けて育った。バブルも経験したし、散々良い思いはさせてもらった。だから残りの人生は恩返しさせてもらいたい。
だって、このまま死んでいったら、今の子供達や次の世代の子たちに顔向けできないじゃないか」
カナコは言った。
「広末さん…
わたし、広末さんみたいな大人がどんどん増えたらって思います。
みんな、老後の心配とか…まぁわからなくはないですけど、そんなことばっかりで。
自分のことだけ考えて、お金稼いで遊んで欲しいもの買って…それで本当に幸せなんですかね?
そんなの人生のスタートラインに立つ前に死んじゃうようなものですよ、きっと」
広末さんは言った。
「僕はずっとそんな風に生きてきた。でもね、そんなの幻の幸せなんじゃないかって、やっと思えるようになったんだ。ぜんぜん満たされないんだ。誰かの力になりたいし、世の中のためになりたい。それが人間の本質なんじゃないかな」
大男が言った。
「広末さん、こいつ実家に帰った時は必ず陸軍墓地の清掃をしてるんですよ。オレが言うのもなんですけど、カナコは大したヤツです」
「カナコさん、あなたは立派な人だよ。僕は今まで何をやってきたのか…若いあなた達から教わることだらけだ。
あ、君たちのご実家って…出身は岡山だっけ?
岡山の西粟倉というところに面白そうな古民家があってね。今度、行こうと思ってるんだけど、なかなか時間が取れなくてね」
「へー、西粟倉ですか?オレはまだ行ったことないです」
「茅葺屋根のある風景を守ろうっていう…そんな夫婦がいるんだよ」