「あ、そうそう
僕ね、病院での出産に猜疑心があったんですよ」
「猜疑心?」
「いや、僕のクセというか…ちょっと世界を疑って見るクセがあるんですよ、昔から。
当時、病院っていうのは医者の都合で陣痛促進剤を使ったり、安易に帝王切開を選択する、と思っていました。
生まれたらすぐに母子は引き離され、子供は誕生と同時に隔離され、それが一生のトラウマになる…
でもそんなの不自然だ、絶対自然分娩がいいし、生まれたての赤ん坊を母親と引き離すなんておかしい。それに妊婦は病人じゃないぞ!
そんな風に思っていました」
「はぁ?陣痛促進…?自然分娩???」
陽は聞いたことのない言葉ばかりでどうしてよいかわからず、そのまま続きを待った。
「でも、そんなことなかったんです。
娘を受け取ってくれた看護師さんはね、娘のことを祝福してくれていました。少なくとも僕にはそう感じました。
そして、赤ん坊を母親に渡し…娘は母親の胸の上でしばらく気持ちよさそうに、完全に安心したように目を瞑っていました。
これ、カンガルーケアって言うんですけど、正直なところこんな時間作ってくれると思ってなかったんですよ。
そうやって、しばらくとてもゆったりとした穏やかな時間が流れていました。世界は僕が思ってるよりずっと優しかった。、
そのあとね、看護師さんに「胎盤持てますか?」って言われて。
持てますかって言われても、見たことも持ったこともないし。
で、「持てます」って見栄はってね、持ちましたよ、胎盤」
「胎盤…ですか」
陽には想像がつかなかった。
「その後は僕だけ分娩室をでて、しばらく廊下のソファかなんかに座ってました。
そしたらね、また陣痛室から声が聞こえてきたんですよ」
「え?声が?誰の?」
「「今、あんた寝てたでしょっ!!」「いや、寝てないって」ってね。
昨晩、「順調だね」って話してたご夫婦の声だったんです。不謹慎だけどおかしかったですね。ぜんぜん順調じゃなかったという…」
陽も思わず吹き出してしまった。
その後、看護師さんだったと思うんですけど、娘を連れてきて僕に抱っこさせてくれて…
それを見ていた掃除のおばさんが「かわいいわね」「パパそっくりね」って。
僕はどこがだよっ!って思いましたよ。
娘は僕の腕の中で静かに寝ていました。
あの顔は今でも忘れないなぁ
でも、その時もね、嬉しいって言うのはなくて…恐怖しかなかったです」