午後10:45
「おはようございます」
航が五十嵐さんに会うのは採用面接の日以来だった。航が採用される1ヶ月ほど前に、大きな組織編成があったそうだ。前任のチーフマネージャーが異動となり、押し上げられる形で五十嵐さんが役職のないまま宿泊課の責任者を務めることになったらしい。
五十嵐さんはパソコンに向かい、忙しそうにキーボードを叩いていた。
航は遠慮気味に声をかけた。
「五十嵐さん、おはようございます」
五十嵐さんは手を止め航の方へ身体を向けた。
「ああ。どうですか?少しは慣れましたか?」
「まだまだですが、皆さんとても親切にしてくれてちるので助かっています」
当たり障りない会話をいくつか交わすと、五十嵐さんは再びパソコンに向かった。
五十嵐さんは航と同じ45歳。社会からドロップアウトした航と違い、大学卒業後、この会社一筋で働いてきたそうだ。
今日の夜勤は五十嵐さんと朴さん、そして研修期間中の航だった。五十嵐さんは基本的に日勤なのだが、時々夜勤に入らないとシフトのやりくりができないらしい。
午後11:00
航は朴さんに付いてフロントに立った。ロビーはガランとしていて、時々チェックインの宿泊客が訪れる。
客足が途絶えると、朴さんは航に話しかけてきた。
「五十嵐さんは、とっても真面目な方よ」
「みたいですね。それに20年以上同じ会社で働いている。素晴らしいことです」
航は本音でそう思った。
「前のチーフマネージャーが急にいなくなっちゃって。五十嵐さん、全部押し付けられちゃったのよ。見ていて気の毒だわ。給料だってそのままのはずよ、きっと」
そのとき、フロントバックから五十嵐さんが出てきた。
「朴ちゃん、ちょっと飯買ってくるね」
「はい、いってらっしゃい」
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コンビニから戻った五十嵐さんは、パソコンに向かいながらお弁当を頬張っていた。
午前02:00
航は五十嵐さんと朴さんをフロントに残し先に仮眠を取った。
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航が仮眠から戻ると、五十嵐さんは相変わらずパソコンと格闘していた。朴さんは暇そうにスマホを操作していた。
「あー、この日は会議だった。朴ちゃん、来月のシフト組めないよー」
朴さんはパソコンの画面を覗き込んだ。
「…五十嵐さん、ココの9連勤はマズイですよ、死にますよ」
「うーん…」
航は黙って二人の会話を聞いていた。
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「では、休憩に入ります」
しばらくすると、今度は航と五十嵐さんを残し、朴さんが休憩に入った。相変わらず忙しそうな五十嵐さん。航はただただ黙って時間が過ぎるのを待った。1分、1秒がとても長く感じられた。