【登場人物】
氷川航(ひかわわたる)
45歳。最近、ホテルの夜間フロントのアルバイトを始めた。新人なのにおじさん。家族はフルタイムで働く妻と小学1年生の娘がいる。
浅間陽(あさまひなた)
33歳。大学生の頃からホテルのフロントで働いている。趣味はスポーツ観戦。特に欧州サッカー好き。給与は手取りで18万円程度。
聖(ひじり)
29歳。陽の恋人で2人は同棲している。陽の同僚で日勤専属で働いている。
朴(ぱく)さん
韓国人女性。自称・韓国語を話す関西人。大阪をこよなく愛している。航と勤務時間が重なることが多く、新人の航に業務を教えることも多い。今は韓国に帰省中。
石松さん
69歳。ダブルワークをしており、月に4回くらいしか勤務していない。ビートルズが好きで、見た目によらず英語堪能。外務省で働いていたが過去を持つ。
五十嵐さん
45歳。ホテル業一筋23年。急遽上司が異動になり、とんでもない仕事量を抱えることになる。航の採用面接時の面接官の1人でもある。
掛川さん
3年目の21歳。お金をもらう以上、自分の能力に見合った職種を選ぶべき、という哲学を持っている。電車が好き。
李さん
大学4年生。就活中でIT起業に務めたいと思っているが、うまく行かない場合は大学院へ進学することも視野に入れている。
米澤さん
58歳。入社以来36年間、総務課で働いていたが、2カ月前に急遽フロントへ異動してきた。
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「ひどいことをする…」
メモを取る米澤さんを見て、陽はそう思った。
米澤さんがフロントに異動してきた時、最初は夜勤専属だった。この異動、米澤さんには寝耳に水だっただろう。
夜勤専属は30代の自分でもキツい。もう還暦も近い、しかもこれまで夜勤経験のない米澤さんにはキツすぎる。案の定、最初の一週間で米澤さんは完全にまいっていた。
陽は五十嵐さんに相談した上で、米澤さんの勤務体系を考慮するよう人事部にかけあった。しかし、その時の回答は「ノー」だった。米澤さんはあくまで夜勤専属だと言われたのだ。
頭にきた陽は、翌月のシフトを自分で作成し「このシフトでなければ現場は回せない」と強引に押し通した。そもそもシフトをどう組もうがそれは各部署の裁量だろう。その後、人事部は何も言ってこなかった。こうして米澤さんは夜勤専属から外れることになった。
その後、陽が米澤さんに声をかけると
「だいぶ楽になったよ」
と言っていた。陽は嬉しかった。
米澤さんが自分に比べたら破格の給料をもらっていることを、陽は知っていた。正直なところ、面白くない…と思わないこともない。
しかし、同じ部署で働くからには米澤さんは仲間だし、おこがましいかもしれないけれど、米澤さんのことを守りたかった。
01時00分
米澤さんと手分けして業務処理を行っていたが、ふと隣を見ると…米澤さんが居眠りをしていた。
陽は米澤さんの肩を揺らした。
「ヨネさん」
「ん?」
米澤さんが寝ぼけた声を発する。
「ヨネさん、先に休んでください。あとはやっておきますから」