「あと少し…」
陽はラウンジにかけられている大きな時計に目をやった。
午前09:50
あと10分で退勤だ。
昨日は夕方05:00からの勤務だった。長い拘束時間を嫌う人もいるが、陽はむしろそれが好きだった。その方が後でまとまったプライベートの時間を持てるからだ。
今日も8:00から聖が出勤していた。聖は日勤専属で働いている。昔は陽と同じように変則勤務をこなしていたが、体調を崩すことが多く、それを考慮した会社側が日勤専属にしてくれたのだ。
陽もその方が安心だった。やってみるとわかるが、夜勤を続けているとどこかで身体に無理がくる。やはり人間は太陽の下で活動するようにプログラムされているのではないだろうか?
それに…夜勤は2人シフトになる。聖を自分以外の男性と2人きりにさせたくないという思いもあった。
陽は昔、少なくとも30歳を超えてまで夜勤はしたくない…と思っていた。しかし、もう10年もこの生活を続けている。33歳になった今では、慣れ親しんだライフスタイルから本気で抜け出そうとは思えなくなっていた。
午前10:05
「お疲れ様でした。失礼します」
陽はそう言うと、聖に目で合図を送る。更衣室で私服に着替えて帰路につく。
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ホームに着くと、陽は急行でなくあえて各駅停車に乗り、のんびりと帰る。自宅の最寄り駅までは20分ほどの道のりだった。ウトウトしたり、スマホでスポーツニュースをチェックしたりして過ごす。多くの人が働いている時間に、自分はのんびりしている。陽は、ささやかな優越感を味わっていた。
電車を降り、駅と直結している駐輪場から自分の自転車を探す。陽はいつも「23番」の自転車ラックを利用していた。もう10年以上乗っている古びた銀色のマウンテンバイク。
綺麗に整備された歩道には自転車専用のレーンもあり、とても快適に走ることができた。まっすぐ帰れば自宅まで10分もかからないが、陽は途中で自転車を止めた。