約15年ぶりの夜勤だったけれど意外と身体はキツくない。
氷川航は、初日の勤務を終え自宅に向かって歩いていた。道のりは徒歩20分。
帰宅したのは午前8:35
「悪くない」
すでに娘は学校に向かい、妻は出勤しており家はガランとしていた。帰宅してすぐにご先祖さまと神棚に手を合わせる。
45歳。航は時々、現実に返りハッとする。
自分が45歳だなんて、そんなこと信じられるか?本当に人は歳をとるのだ。
高校時代からの友人の何人かは公務員になり着実な人生を歩んでいる。一方、自分の才能を磨き見事に起業したやつもいる。出版している仲間だっている。
ところが自分はどうだ?今やアルバイトだ。フリーターだ。見事なまでに負け組だ。それでも航にはどうしてもやりたいことがあった。
「今更真っ当な人生なんて望みようがないじゃないか」
自分に言い聞かせるようにつぶやくと、シャワーを浴びた。
帰りにコンビニで買ってきたアップルパイを頬張り、雑な朝食を済ます。
午前9:20
「そろそろ行くか」
航は自転車で近所の大学図書館へ向かった。
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入り口で図書館の入館証を機械にかざし、中に入る。
ズラリと並ぶ書籍達を目の当たりにすると、軽く目眩すら覚える。一生をかけても全ての書籍に触れることは出来ないだろう。自分の人生の中で知ることができる世界など本当にささやかなものでしかない。
航は図書館の中をうろうろしながら、気になる書籍を2冊手に取り机に座った。迷彩柄のバッグからノートを取り出し、本のタイトルと著者の名前を書いた。
ページをめくりながら、気になった箇所をノートに書きとる。アナログな作業。
1冊を読み終え、2冊めに突入したあたりから、夜勤明けのためか強烈な睡魔が襲ってくる。睡魔に負けまいと目をこすりながら作業を続ける。
気がつくとノートにミミズのような読み取れない文字が書かれていた。
「限界だな…」
航は作業を切り上げ図書館を出た。そして、家に帰り横になると、あっという間に眠りに落ちた。
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午後4:45
スマホのアラームが鳴る
航は目を覚ますために顔を洗う。歯を磨き、服を着替え、娘を迎えに行く。
「うん、悪くない」