航は慣れない手つきで新幹線のチケットを購入した。
東京から新幹線に乗って職場に向かうという選択は、普段の航なら考えないことだった。
行き過ぎた倹約家の父に育てられた航には、お金で時間を買うという概念がなかった。むしろ罪悪感すらあった。
航は、改札を通り新幹線に乗り込むと少しホッとした。
「結構、混んでるんだな…」
平日の22時過ぎの車内は、航の予想以上に混んでおり、自由席は全て埋まっていた。航は少しだけ知らない世界に足を踏み込んだような気がした。
航は車両の出入口近くに立つと、スマホを取り出し、鳥海さん、江本さん、そして吉川さんにお礼のメッセージを送った。同時に、陽からメッセージが届いているのに気づいた。
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「ねね?氷川さんから返事きてない?」
陽は本のページを開いたまま、裏返しにしてテーブルに置いた。
「ピピー!!
そこのヨウくん!そんな置き方をすると本がかわいそうですよっ!」
「だって…聖がスマホ確認しろって言ったんじゃん」
「う、それはそうでござるが…」
陽はスマホを確認した。
「返事、来てないよ。
氷川さん、これから夜勤だしギリギリまで寝てるんじゃないかな?」
それを聞いた聖は両手を組み祈るようなフリをした。
「ああ、氷川さん…
早くヨウのメッセージに気づいて…お願い」
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21時40分
「あー、おもしろかった!!」
陽はアドラーの本を閉じて言った。
「えっ!?もう読み終わったの???
はやっ。やっぱりヨウは本読むの早いね」
スマホから顔を上げ、聖は驚いた。
「これ、読みやすいし、おもしろいし、聖にもオススメ」
「へー、掛川君に借りてるんでしょ?
私も読んでみよっかなー」
陽は時計を見た。
「おっ、もうこんな時間か、寝よ寝よ」
「ヨウ、ところで…」
陽はスマホを確認した。
「氷川さんからの返事は来てないよ」
「あう〜〜」
聖は泣きそうな声をあげた。