午前03:55
航が仮眠から戻ると、石松さんがフロントバックで読書をしていた。
「おはようございます」
普段、深夜にはロビーのBGMは停めていたが、今日はビートルズのカバー曲が休むことなく流れていた。
「Lucy in the Sky with Diamonds」
ルーシーはダイヤモンドと一緒に空にいる???
曲の意味は全くわからなかったが、航は昔からなんとなくこの曲が好きだった。
「石松さん、僕は英語わからないし、曲の意味わかりませんけど…この歌好きです。なぜか娘を連想します」
石松さんは本を閉じた。
「この曲ね、タイトルの頭文字をとってLSDのことを歌ってる、と言われているんですよ」
「へー」
石松さんは続けた
「でもジョン・レノンは保育園から帰ってきた息子の絵を見てインスピレーションを受けた、みたいなことを言っていたと思います。ジョンの息子がね、ルーシーっていう女の子に好意を持っていたんですよ」
「じゃあ、僕が娘を連想する感覚もあながち間違いじゃないかもしれませんね」
航は続けた。
「ビートルズって、まぁ詳しいわけではありませんが、なんであんなに多種多様な曲を作れたんでしょうね?人知を超えているというか…神がかっていませんか?」
石松さんは言った。
「そうですね。僕は当時を知っているけれど、ビートルズの登場は革命的でした。ビートルズ以前と以後では世界が違うものになった。神がかっていた…まさにその通りです。僕も一気にのめり込みましたよ」
航は石松さんの話を踏まえて聞いた。
「もしかして、メンバーはLSDをやってたとか?」
「そうですね、やってたと思いますよ。そうやって薬の力なんかも借りてインスピレーションを受けていた部分もあるでしょう。まぁもちろんいけないことなんですけど。正しい正しくないなんて、時代とともに変わります。流行りやノリも変わります、今、暴走族いないじゃないですか?
日本だってね、英雄だった兵隊さんがね、戦争に負けたらあっという間に悪者にされてしまったんだから。
あ、話が逸れましたね。
僕はね、ビートルズが…彼らがこれだけの名曲を残した、それで良いと思っています」
そういうと、石松さんは少し黙ってから続けた。
「氷川さん、マインドフルネスってご存知ですか?」
航は答えた。
「ええ、知ってますよ。ここ数年、取り入れる企業も増えましたよね。この間、NHKではマインドフルネスでなく「企業が瞑想を取り入れてる」って言ってましたよ。マインドフルネスでなく瞑想と」
航は「瞑想」という言葉をNHKが抵抗なく使っているのが新鮮だった。数年前まで「瞑想」なんていうとオカルトっぽい雰囲気があった。時代が変わったのかもしれない。
「ビートルズのメンバーがね、インドの聖者に師事して瞑想を習っていたんですよ」
「ビートルズが?」
航はびっくりした。
「何が言いたいかっていうと、単にLSDなんかに頼っていたのでなく、そういう道も彼らは探求していたんじゃないかな…そんな風に思いたいんです、僕は」