「科学は素晴らしいものです。それは間違いありません。
しかし、それと引き換えに僕らは大切なものを失ったのかもしれません。
日蝕を例にあげましょう。太陽が欠けて見えるのは月が太陽に重なるからです。そんなの誰でも知っていますよね。
しかし、古代人が日蝕を見たとき…それは恐ろしかったでしょう」
「確かに…相当の恐怖だったかもしれませんね」
「日蝕は1つの例ですが、この世の現象を解明していくことで、僕らはregion…畏れ多いという気持ちを抱く機会を失っていった。
極端かもしれませんが、例えば神棚や仏壇を軽視し、自ら繋がりを手放していった。結果、多くの人が心に不安を抱くようになった。
僕はそんな風に思っています。
浅間さん、親元を離れ社会人としてスタートした時にものすごい孤独感を感じませんでしたか?」
「それは…感じました。でも、きっと…それはみんな同じでしょう?」
「僕もずっとそうでした。そして、33歳の時、答えを探して迷走を始めたのです。
エスカレートした僕は、やがてスピリチュアルに傾倒していったわけです。笑われるかもしれませんが、なんでもやりましたよ」
航はアイスコーヒーを一口飲んだ。
「インドのマントラを唱えたり、毎朝瞑想をしたり。能力者がいると聞けば会いに行き、何万円もするヒーリングを受けたり…とにかく必死でした」
陽は目の前にいる人がそんな人生を送ってきたのが不思議だった。
「いったい、氷川さんは何を求めていたのですか?」
「なんでしょうね…最初は好きなことで稼いで幸せに生きたい、同級生のあいつらより上に行きたい…そんな気持ちだったと思うのですが…。
一言で言うと…悟りですね。マントラを唱えたり、瞑想をしたり…そんなことをしていれば、やがて目覚めると言うか…そう言う瞬間が来て幸せになれるんじゃないか、そんな風に思っていました」
「それで、その瞬間は訪れたのですか?」
「いえ、残念ながら」
航は笑った。