こんにちは。
今日は2021年3月24日にclubhouseで配信した「道のお話」です。
柔道の古賀さんが亡くなってから、今日でちょうど7か月なんですね。
clubhouseでは毎日21:50~3分古事記をおこなっています。ぜひお越しください。
clubhouseアカウント:古事記スピーカー(よう@ババヒロシ)
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【#018 道のお話(2021年3月24日配信)】
本当は違うお話をする予定でしたが、柔道の古賀稔彦さんがお亡くなりになったというニュースを知り、急遽内容を変更しました。
柔道はやわらの道ですね。僕はけっして柔道に詳しいわけではありませんが、今日は「みち」のお話です。
古事記を読むとわかりますが、神様のエネルギーを表す音が主に3つあります。
ミとㇶとチなんですが…名前にこの音を持っている人は、今喜んでください。えー、道という言葉には、この3つの音のうち2つが使われています。
ミは身となるとかミノルなど結実する、現実化する音。自分を動かす本質的なものという意味もあります。ミナギルとかミナモトとかですね。
チは大地のチ、血液のチ、力のチ…力が持続する、継続するという音です。命もそうですね、イという生命力を表す音が持続するのが命です。
血液は体中の道を通って、血管ですね、休むことなく身体中を巡り続けます。母親のチチ、おっぱいもあかちゃんに力を与えますね。
昔は道のことを単にチと呼んでいました。大地とか家路とか。
茨城のことを昔は常陸の国と呼びましたが、ヒタチとは、ひたすら道…平らな大地という意味ですね。
道のミは敬意を表す音でもあります。「神の御心」っていったりしますね。敬意のミ+チで道です。
道は、敬意の対象になる有難いものだったんですね。昔の道と今の道ではありがたみが違いました。今のようにカーナビもGoogleマップもありませんから。安全に目的地に辿り着けるのは道という尊い存在があってのこと。道祖神の存在とか…それは話がそれるのでまたにしましょう。
昔は災害があったらそれこそ道があっさりなくなってしまう・・・風景が変わってしまうわけです。今ももちろんそうなのですが、レベルが違います。
柔道で有名な嘉納治五郎さんは、
「乱取りは柔道の一部にすぎない。なぜかそれが重要視されるようになってしまった」
とおっしゃっています。乱取りって相手との技の掛け合いをいいますが、それは柔道の本来の目的ではないというんですね。一言で言うと柔道がスポーツ化してしまったということでしょう。
日本人って「答えに辿り着く正しい手順がある」と考えがちです。スポーツも…スポーツは道ではないのですが、やたら型とか基本とか大切にしますよね。スラムダンクも桜木花道は基礎ばっかりやらされますよね。この考え方、道を大切にする民族性なんだと思います。漢字の書き順も…書き順なんてどうでもよさそうだし、不自由に感じますが、色々ためして行き着いた型なんですよね。結局それが究極に近いというか。
古賀さんの下のお名前は稔彦さんで、ミノル+ヒコって書くんですね。ヒコは太陽の子といういみですから。まさに柔の道を体現された方だったのではないでしょうか。僕はそんな風に思いました。