陽は前回の満員電車を覚悟していたが、車内は予想外に空いていた。
「あ、今日、日曜か」
陽は呟いた。シフト制の仕事をしていると曜日の感覚がなくなってくる。
電車は大きな川を越え都内に入った。その次の駅で目の前の席が空いたため、陽と聖は並んで座った。
陽は聖の横顔を見た。聖はニヤケていた。
「聖、何ニヤケてんの?」
「あれ?顔に出てた?
わたし…
あの兄妹に会うの、楽しみなのよね。
特にかなぶん」
「ふーん。
あ、そういえばさ…」
陽はそう言うとバッグから「古事記まんが」を取り出した。
「聖、どこまで読んだ?」
陽が聞くと聖はしたり顔で言った。
「ふふふふ。
ヨウくん、驚いてはいけませんよ。
ひーちゃんは…
もう2周目に入りました!!」
陽は驚いた。
「え?いつのまに???」
「読み始めたら夢中になっちゃって。
古事記さ、神様の名前はどうせ一回じゃ覚えられないじゃない?
だから、わたしはとりあえず読み終えてみたの。んで、今2周目」
「う…
まさに氷川さんがそう言う読み方を勧めてたよ」
「え?そうなの?
さすがひーちゃん!!」
聖は人差し指で鼻の下をこすって得意げな顔をした。そして続けた。
「わたし、思うんだよね。
未知の世界に触れた時は「初心者の心構え」が大切なんじゃないかと」
「初心者の心構え?」
「仕事だって最初から出来るわけじゃないでしょ?
わからないとこもわかってないんだから。
まぁそのうちわかるだろ〜くらいの気持ちでいいんじゃないかと」
「なるほどなー」
陽は感心して言った。すると聖は続けた。
「それに「古事記まんが」は読みやすいしね。
あ、ヨウ、安心して。
陽が読み終わるまで内容をバラしたりしないし、私の意見を言ったりしないから。
私、陽と古事記談義をするの、すごく楽しみにしてるんだ。
だから、今日かなぶんに会うのもすごく楽しみ。かなぶんも古事記に詳しそうだったし」
それを聞いた陽は少し焦って言った。
「聖、オレ、今から読書していい?
オレも天孫降臨まできてるからさ」
聖は3回頷いて言った。
「もちろんもちろん。邪魔しないから読書して」
陽は「古事記まんが」を開き、続きを読み始めた。