陽が風呂から上がると、聖は口を真一文字にして『寝不足になる古事記』を読んでいた。
「どう?面白い?」
「うーーーん…
正直なところ、おもしろくはないかな」
陽は笑った。
「聖は正直だな」
「やたらと神様の名前が出てくるし、んで長いし…
世界観もよくわからない」
「うん、オレも同じ感想。まだ全然読みかけだけどな。
でも、氷川さんも何度も挫折したって言ってたし、古事記ってそういうものなのかもね」
パラリ…
「ん?なにこれ?」
聖は床に落ちた一枚の紙を拾った。
「古事記のお話会?
あ、あびこなん?」
「いや、あびこみなみさん、だろ?
なんだよ、あびこなんって!!」
「あ、すみません。素直に読んじゃいました。
で、これどしたの?」
「うん、空中さんのお店に置いてあったんだよ。
『古事記のお話会』。ちょっとおもしろそうじゃない?」
「うーーーん!
おもしろそう!!」
聖はそう言うと、すぐにスマホで何かを調べ出した。
「なに調べてんの?」
「我孫子南さんのことよ。
ちょっと待ってね〜〜」
・
・
・
「おっ!ブログ発見!!」
聖は真剣にスマホを操作し、しばらく画面を眺めていた。
「うんうん、なんかいいな。
誠実な感じがする。
わたし、この人好きだな。
おっ!!明日、名古屋でお話会あるんだ。
なほほんに伝えてみよっと」
「でも、奈帆ちゃん、赤ちゃんいるだろ?」
「まぁそれはそうだけどさ。
伝えるだけ伝えてもいいじゃん」
聖はいうが早いか、名古屋の奈帆ちゃんに連絡をしているようだった。
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18時50分
航は江本さんに指定されたしゃぶしゃぶ屋のの前に立っていた。
しばらくすると…
「氷川さーん」
江本さんが恰幅の良い男性と二人で現れた。50歳くらいだろうか?
航は江本さんに近づくと、手を差し伸べた。
「今日はありがとうございます」
江本さんはその手を握り返した。
「あの日のビジネス交流会以来ですね。お元気でしたか?」
江本さんは表情も声も生気に満ちていた。若々しいエネルギー。
「はい、なんとか」
そう答えると航は江本さんの隣にいる男性に頭を下げた。
「氷川航です。今日はお時間をいただきありがとうございます」
男性は柔らかい表情で言った。
「江本くんからお話は聞いています。お会いするの楽しみにしていました」