「次の日も会社には行きませんでした。次の日というか…それからずっと。
結局、事件?から1カ月くらいで会社を辞め、実家に戻ることになりました。
迎えに来た父に胸ぐらをつかまれ、僕は思わず目を背けました。殴られるかと思いましたけど、しばらくすると父は手を離しました。
帰りの車中は父も母も僕も…一言も言葉を発しませんでした。僕は後部座席に座り、窓の外を見ていました。
アクアラインで海を眺めていると、すごいスピードでスポーツカーが走り去って行きました。きっと僕とは住む世界が違う人が運転しているんでしょう。それを見てとても惨めな気分になりました。
こうして、僕の社会人生活は約6カ月で終わりました」
陽の話を航は真剣に聞いていた。
「実家に戻ってからも、家の中にこもってきました。
一度、朝早くにゴミ捨てのために家を出たら、隣のおばさんに会ってしまって…向こうも事情を知っていたんでしょう。軽く会釈してくれて…それはそれで惨めで。ますます家を出たくなくなりました。
ある日、父が僕の部屋に怒鳴り込んできました。殴られはしませんでしたが、突き飛ばされました。自分の息子が引きこもっている事実が許せなかったんでしょう。
その夜、一緒に暮らしている弟が飲みに誘ってくれました。弟は3つ下でしたが、進学はせず高校を出て働いていました。
うちはまぁ…そこそこ父が怖くて、子供の頃からいつも父の機嫌を伺っていました。子供の頃は父の心を読もうと神経をすり減らしていましたね。
その父に対抗するってわけではないですけど、弟とはいつも力を合わせている感じがありました。弟には心から感謝しています。
で、弟と何を話したかは覚えていませんけど…僕にとって弟は親友みたいな存在でもあったんです。
その翌日、母がスーパーに買い物に行った帰りに求人誌を持って来てくれました。
折ってあるページを見たら、ホテルのフロント募集の記載がありました」